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「スラムダンクはできないけれど」第25話

第25話「100パーセント」

データは絶対。
裏切ることは無い。
それは相手だけでなく、味方も。
よく漫画やアニメで『データの数値を超えている』だとか『こんなのデータに無かった』なんてシーンが出てくるが、何のことは無い、それはそのデータが間違っていただけ。
「データ」と「事実」はイコールで結んでいい関係なのだから、超えるもくそも無いのだ。
1本シュートが外れたから、次も外れる。
そんなことは考える人間はそういないだろう。
10000本入らないから10001本目も入らない。
これならばデータとして信用する人間も多いはずである。
もしその10001本目が入ったとしても、それは先ほどの漫画と同じ。
データが間違っていただけ、本当は『10001本分の1で入る』というデータだったというだけ。

つまりデータで何よりも大切なのは母数。
多ければ多いほどデータは正確になる。
その当たり前のことを考える上で、渡辺はある答えにたどり着いていた。

どんなに相手の試合を見てデータを集めたところで、絶対に誤差は出る。
それはたとえ練習まで偵察して研究した相手でも同じ、100パーセントは無い。
だったらより正確にデータを得ることができるのは誰か。
それは自分にもっと近い選手、つまりチームメイト。
長い練習を共にしてきたチームメイトに関しては、癖や考え方まで熟知している。
毎回練習終わりのゲームが泥臭くなるのはその為だろう。
相手も自分のデータを持っている、だから裏をかく、その裏をかく。
試合においては、チームメイトのデータはかなり信用できる。

しかし、その先がある。

試合の相手より、自分のチームメイトより、詳しいデータを持っている選手が1人だけいる。

仲間を信じていないとか、信じられるのは自分だけだとか、そういう次元ではない。
ただ単純に、客観的にでは絶対に分かり得ないデータを得ることができる。
何試合ビデオを見返そうが、どんな高性能カメラで撮影しようが、何度1対1をしようが、絶対に見えない部分。
主観的な部分、めまぐるしく変わり続ける調子や感情。

つまり渡辺にとって、誰よりも詳しいデータを得ることができる選手はただ1人。
それは、自分、渡辺麻友。

渡辺のシュートは、ドライブのフェイクに半歩だけ下がった玲奈との間合いをついたシュートだった。
ボールに触られてはいないが、チェックは外れていない。
体勢は崩れ、フォームも良くなかった。
何よりそのシュート位置は、スリーポイントより1メートルほど後ろ、それはむしろセンターラインに近いと言っても過言では無い位置だった。
『24秒が迫り、何もできずに打たされた』
誰がどうみてもそんなシュートだった。

(いくらなんでも無茶苦茶だ)
渡辺のシュートを見た瞬間に秋元、そして宮澤、珠理奈はリバウンド体勢に入る。
そこに隙は無い。
抑えて勝利を確実なものにする。
チェックに行った玲奈も同じことを考えていた。
確率の悪いシュートを打たせた、と。
だがどうも腑に落ちない。
(この渡辺が……? 確率の悪いシュート?)
打つわけないのではないか、そんな考えが頭をよぎる。

渡辺をスクリーンアウトする玲奈には、シュートの弾道がはっきりと見えていた。
あれだけバランスを崩したにも関わらず、よく回転が掛かっている。
そしてまっすぐリングに向かっている。
嫌な予感がする。
感じてはいけない予感を、とてつもない勢いで感じている。
入るわけがない。決まるわけがない。
そう言い聞かせるしかない。
思えば思うほど、ボールはリングに吸い寄せられているような気がした。

ザンッ。

回転の掛かったボールがネットを引きちぎらん勢いでリングに飛び込んだ。
一瞬だけボールはネットに支えられて静止する。
すぐに重力に引っ張られてコートに落ちてくる。

「こういう勝負所で私が……渡辺麻友がシュートを決める確率……100パーセント」

大歓声、とまではいかなかった。
確かに観客、会場全体から驚きの声が上がったが、おそらくこの試合一番ではない。
それはあまりに渡辺のシュートが見事すぎたからだ。
どうみても偶然、単発のミラクルプレイにしか見えない。
それで逆転ならば違うのだろうが、まだ点差は4点ある。
諦めずによくシュートを打った、そんな雰囲気にしかならない。
その雰囲気とは少し温度差のあるフロア内、渡廊がいちかばちかのオールコートプレスを仕掛ける。

「当たれ!」

指原からボールを受けた玲奈に平嶋、仲川が一気に寄ってくる。
プレッシャーを受けながらも、玲奈は指原へのパスを見る。
無理ならば、上がってくる珠理奈、秋元へパスを出す。

「十桜、ここに来て冷静だ」

プレス突破の練習はすでにしてあった。
身長でも十桜が優っている。
落ち着いたパス回しでフロントコートまでボールを運ぶ。
そして玲奈はドライブを仕掛ける。
プレスはもろ刃の剣。
プレッシャーをかける分、突破されればあっという間に人数的に不利になる。
ヘルプも寄りにくくなる。
玲奈の前にはディフェンスの渡辺、そしてゴール下には秋元が見える。
さらに外には珠理奈もいる。
玲奈は珠理奈に目線を移す。
ボールも一瞬珠理奈の方へ動かす。
だが狙うのは秋元。
渡辺の足元、ノールックのバウンドパス。

バチン。

ボールは止められた。
渡辺によってパスがカットされた。
間違いなく、渡辺の足元を狙ったバウンドだった。
それを渡辺は大きく体を屈めて、手を出していたのだ。
ノールックの足元へのパス。
見てから反応は不可能。

「勝負所でオフェンスが決まった後、私の読みが当たる確率……100パーセント」

残り時間はあと30秒も無い。
渡辺が一気にドライブで攻めてくる。
パスミスを気にしている場合ではない。
必死で玲奈が食らいつく。
何かにぶつかる。
平嶋のスクリーンだった。
その一瞬の隙、わずかに空いた間合いで渡辺は躊躇なくシュートを放つ。
これも離れたスリーポイントだ。

「2連続でこんな無茶なシュートが決まる確率……よくても20パーセント」

玲奈のチェックを避けるため、渡辺は尻餅をついていた。
座ったままシュートの行方を見守る。
玲奈も慌てて振り返る。
その弾道はさっきのシュートと全く同じ。

打ち抜く……ゴールを。

「でも私がそれを引き寄せる確率、100パーセント」

今度は大歓声。
まさに会場が一体となった。
渡廊サイドも、十桜サイドも関係なく、全員がそのシュートに声を上げたはずだ。

「うわああああああ! 1点差ああああ!」

試合に引き戻される感覚。
まだ終わってないですよ、声を掛けられたように。
慌てて、会場に戻ってきたように。
そして期待する。
大どんでん返し。
奇跡の逆転を。

渡廊は必死の形相でオールコートプレスで当たってくる。
残り15秒。
泣いても笑っても、この試合最後の15秒。

続く

まゆゆのバスケ状態である。
長い試合も次回で終わります。
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「スラムダンクはできないけれど」第24話

第24話「勝負所」

「また10番だ!」

菊地を抜き去り、珠理奈がミドルシュートを決める。
4点差。
すぐさま菊地はパスを要求する。

(正直もうディフェンスでは止められなくなってきてるよ……でもその分取り返しゃいいんでしょ)

今度は菊地が珠理奈を抜く。
得意のクロスオーバーからのストップジャンプシュート、外さない。
2点差。
もう一度ボールは珠理奈へ渡る。
菊地を抜く。
しかし今度は、渡辺がヘルプで距離を詰めて来ていた。
無理はせずに珠理奈はパスを選択する。
それを横っ飛びで渡辺がボールに反応する。

(珠理奈ちゃんから11番へのパス……まさにデータ通り)

先ほど珠理奈が小森のパスをカットしたときのように、渡辺の珠理奈への寄りもフェイクだった。
しかし、渡辺の手はボールに届かない。
ボールは渡辺の指先数十センチ先を通過する。
玲奈へのパスコースはきっちり塞いでいる。
それをかわすとなると、間違いなく玲奈へのパスは出ない。

(パスミス……? いや、違う!?)

珠理奈のパスの先に見えているのは、玲奈では無かった。
ボールが渡るのは、フリーになった指原だった。
この試合、スリーポイントは3本中0本。
いつにもまして、調子が悪い。
それでも珠理奈のパスは指原しかない。

この瞬間、渡辺は思い出す。
指原のデータを。
『スリーポイント決定率30%』
この数字は、スリーポイントを武器としていない選手であれば十分立派な確立だ。
他にシューターがいなければ、チェックを厳しくするべき数字。
しかし十桜高校には簡単に50%以上を叩きだす松井玲奈がいる。
チェックが甘くなるの仕方ない。
それでも、データ上……そろそろ決まる。

「決めたー! スリーポイントで5点差だ! 渡廊追いつかない!」

指原は決めた自分に驚いた様子で、目を丸くする。
そんな指原に他の4人は駆け寄り、それぞれが体中を叩く。
「いてて! 痛いっすよ、秋元さん」
「偶然でも何でも決めちまえばいいんだよ!」

その様子を渡辺は唇を、今まで以上に噛みしめながら睨む。
(偶然?……そんなんじゃない。データは出てた……私のミスだ)
あの場面、渡辺がヘルプに出た後ろに、それをフォローする形で平嶋が玲奈の位置まで下がってきていた。
それならば玲奈のチェックは平嶋に任せて、指原へのパスコースを塞ぐべきだった。
頭の回転が遅れたのだ。

(まだ時間はある……無理に3点を狙う必要はなし)
平嶋が一瞬視線を移したタイマーの表示は1分52秒。
2点ずつきっちり返していけば、逆転できる。
渡廊のセットプレーが始まる。

(このパターン……また初めての奴だ。何パターンあるんだよ全く)
渡廊のセットプレーはすでにこれで5種類目であった。
その度に十桜は出し抜かれ、点を取られている。
ねらい目は毎回違う。
3点なのか、2点なのか。

秋元は焦る。
自分のマークマンである小森が完全に視界から消えてしまっていた。
スクリーンをかけられ、その対応に追われているうちの一瞬の隙だった。
慌てて、ゴール下の小森を見つける。
その小森にパスが出たのはほぼ同時だった。

「ぶつかってけ! 小森!」
相手はファウル4つの秋元。
当然の声だった。
(ここで簡単に2点取られたら、また試合は分からなくなる……)
相手だって百戦錬磨。
流れというものを考えれば、3点差になった時点で逆転が確定する、と言っても過言では無い。
秋元が飛ぶ。
小森はすでにノーチャージエリアの中。
ディフェンス絶対不利の状況。

(勝負所は……ここしかない!)
「うおおおおおおおおお!」

シュートが放たれる小森の手のさらに上。
完全に空中のボールに、秋元の手は届いた。
ボールを弾き飛ばす。

「ファウルだ!」

平嶋が叫ぶものの、審判の笛は鳴らない。
それは誰がどう見ても、ボールだけを弾いていた。

「さっきの松井珠理奈のブロックも凄まじかったですけど、今度のはもっと凄い……4ファウルに全くビビってない」
「自分より身長の高い、しかもゴール下でぶつかってくる相手、2点取られてもまだ3点差。逆に自分はファウルになれば退場、チームの負けが確定すると言ってもいい。そこまでのリスクを冒してブロックする意味があったのかは正直疑問だ」

ボールを保持した指原から、宮澤にパスが出る。
一気に渡廊ディフェンスへ切り込んでいく。
ディフェンスに囲まれる直前、ノールックで宮澤はパスを放る。

「しかしそれだけのリスクを背負ったプレー……リターンは大きい」

そのパスに合わせたのは、ゴール下秋元。
ワンフェイク入れて最後のディフェンスを飛ばして、バックシュート。
ボールはボードをバウンドし、リングに収まる。

「ここでツインタワー! 7点差! 十桜7点リード!」

割れるような歓声には拍手のようなものも混じっていた。
それは、十桜に対する称賛の拍手。
おそらく渡廊サイドの応援団を除く、いやもしかすると渡廊応援団にもその気持ちがあるのかもしれない。
東京最強の王者と言われた渡廊を、見事に倒してみせた、都立高校を称える気持ち。
強豪私立を公立高校が倒すという一度は見てみたいようなシーンを、まさに目の前でやってのけた十桜高校に対する感謝。
会場の雰囲気は、完全に試合が終わっていた。

「絶対点を取って、絶対守りたかった場面。逆に守られて点を取られた……ほとんどとどめだ」

試合を見限ったのは、斉藤と田中も例外ではない。
残りは1分、7点差。
もちろん逆転があり得ない点差ではない。
しかし、今の渡廊には、その奇跡の逆転を成し得る雰囲気すらない。
逆に十桜の勢いは増すばかりであった。

「十桜すさまじいプレッシャーだ!」

体はとっくに限界を超えている試合終盤。
それでも十桜ファイブは全ての力を振り絞って足を動かす。
パスコースを切る。ボールプレッシャーをかける。
勝つ、勝つ、勝つ。
絶対勝つ。
何があってもこの勝機を取りこぼさないという必死のディフェンス。

渡廊はシュートどころかパスすら回らなくなる。
諦め、なんて言葉は、頭の中で考えるどころか、意識にだって、無い。
口に出すなんてことはまず無い。
それでも、どこか、意識の外の何かが折られた。
奇跡の逆転への踏ん張りどころ、渡廊の足は動かない。
前半十桜を苦しめた、データを駆使したパス回しは影をひそめた。
24秒が近づいてくる。

そんな中ボールをキープする渡辺が、玲奈のチェックを受けながら強引にシュートを放った。

続く

SSAのサプライズのショックで更新です。
早くしないとこの小説に出てくる前に卒業してしまいます。

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「スラムダンクはできないけれど」第23話

第23話「王者の意地」

珠理奈が動き出してすぐ、菊地は自分のミスに気付く。
シュートという考えが全く頭に無かったからだ。
珠理奈がボールを受け取った位置は、ちょうどスリーポイントライン上。
3点にはならないが、ほぼスリーポイントの距離。
つまり一番遠い2点。
かなりのロングレンジ、珠理奈の得意な距離ではない。
それでも、打ってこないなんてことはあり得ない。
こいつなら打ってくる。
フリーで打たせれば決めてくる。
左手を挙げて、距離を詰める。
打点の高い珠理奈を完全にチェックするには最終的に飛ばなければならないが、この距離ならばプレッシャーをかけるだけでいい。
あくまでもフリーで打たせないことが大事。
いくら勢いがあろうと、この距離のシュートが不得意な相手だということを考えれば当然。

珠理奈がシュートを狙う。
それでも飛ばなくていい。
顔の前に左手を出している限りはシュートが外れるのだから、意識すべきはスクリーンアウト。
確実に押し出して、マイボールにしなければならない。
菊地が飛ばない程度の、チェックに行く。
左手を高く挙げ、一瞬、ほんのわずか、見た目では分からない程度に腰が浮く。

その瞬間、珠理奈は消えた。

気付いた時にはもう自分の右脇を、意識して下を見ないと見えないほど低い姿勢で抜けていく。
菊地にはほとんど珠理奈がシュートを打つところまで見えていた。
しかし実際の珠理奈は小さなシュートフェイクをかけただけ。
ドライブを意識しすぎるあまり、逆にシュートもある、と気づいた時にはドライブが意識から消えていた。
ここまで出し抜かれたのは他に覚えがない。
それだけ珠理奈のドライブの支配力は大きかった。

フェイクに掛かった、とはいえ、飛んでいないチェックである。
重心がわずかに上がっていたが、普通なら許容範囲。
そもそも始めからシュートチェックを全く考えずに、重心を落としっぱなしのディフェンスなんてあり得ない。
ミスというほどではないディフェンス。
そのディフェンスの菊地を珠理奈は置き去りにした。

向かうゴールの前には、仲川、小森がヘルプで寄ってきている。
踏切の1歩目で仲川をかわす。
2歩目でシュート体制に入る。
当然小森がチェックしてくる。
その手を避けるように空中で一旦ボールを引く。
そしてもう一度シュートを狙う。

「まさか……ダブルクラッチ……!?」

しかし、ボールを放る前に、腕が抑え込まれる。
当然シュートは打てずに、ファウルの笛が鳴った。
菊地が追いついて、ファウルしてきていた。

「あの菊地がファウルさせられた……もはや同等、それ以上」
「同等、それ以上……菊地は全国レベルのフォワードなんですよね……」
「あれでまだ1年生か……」

交代のブザーが鳴り、北原とタッチを交わし、秋元がコートに入ってくる。
(あれ、まだ5点差ついてないけど……)
疑問に思う宮澤に、安西が笑顔で親指を立てる。
そして目配せする先にはフリースローの準備をする松井珠理奈だ。
(なるほど、もう2点決まったも同然ってか)

安西の自信通り、珠理奈はフリースローを2本とも沈める。
スコアボードに点が2点加算される。
おそらく誰もが目を疑うような光景。

「5点差……残り3分で渡廊から5点リード……!」

過去数年、地区予選で見たことなどない得点。
負けるなんて考えられもしなかった王者がついに追い詰められる。

「このまま流れは十桜か!?」

この試合何度目か分からない、会場の異様な雰囲気。
ここまでは、渡廊リードという点差でその空気を否定されてきたが、この時こそ、本当に観客の頭によぎる。
都立高校が王者を倒す、と。
その様子を腕を組み、じっと見つめる、渡廊高校監督、尾木。

(何だ……あの監督の雰囲気は)

その表情には余裕があるわけではない。
むしろ焦りが見える。
しかし不思議なもので、その雰囲気からは『負け』という空気を一切感じない。
見え隠れする、選手への信頼。

「何のためにうちはデータを使って戦っている?」

逆転を許した後のタイムアウトで、尾木は選手に問いかけた。
いつもなら限られた時間内に的確で効率的な支持を出す場面だ。
突然選手に考えさせるような言葉を送る尾木に、渡辺は戸惑った。
それでも先輩、特に3年生は黙って考え始めた。
あっという間に時間が過ぎ、コートに戻ることになった。
逆転された大事な場面の大事なタイムアウトを、ほとんど具体的なことは口に出さずに渡廊は終えていた。

「こんな堅苦しくて、残酷なバスケ……苦しいだろうな。特に3年生は」

誰にも聞こえないような、声に出したかも分からないような声で呟く視線の先には、平嶋、仲川、菊地の3人の3年生が見える。
平嶋の声で、渡廊のオフェンスは始まる。
中学トップクラスのガード、として入ってきたときは、ただ個人技に長けた選手。
その個人技を抑えつけるような、データバスケ。
渡廊のバスケの要はガード、何をしてもミスになればガードの責任。
1年生でレギュラーを獲得したときも、平嶋は不満だらけであったと、尾木は聞いたことがある。

「それでも……今は渡廊のデータバスケの司令塔」

指原を圧倒し、見事なパス回しとどこからでも現れるディフェンス。
献身的なプレーでチームを何度も救ってきた。

その平嶋からパスを受けるのは仲川だ。
仲川にとってはこの試合、ある程度始まる前から他のメンバーに比べて過酷であることが分かっていた。
それは自分のマッチアップが宮澤佐江であったからだ。
データを採って相手を分析する、ということは、試合前から相手の力量が数値となって現れるということ。
自分との差を、どう頑張っても埋められないものだってある差を、はっきりと分かった上で試合に臨まなければいけない。
実際にこの試合でも、仲川は宮澤から何度もブロックを受け、何度も失点を許した。
自分がチームの穴になっていると自覚するのに時間はかからない。

「しかしそんな試合……今まで何度覆してきた? データで劣っているところがあっても、優っている部分が無いわけではない」

仲川にとってのそれはスピードだった。
高さで勝てなくても、スピードなら一瞬宮澤から優位を取れる。
仲川が体勢を低くする。
(こいつは、あの速いドライブだけ警戒しとけばいい)
宮澤も腰を落とし、ドライブに備える。
ドライブとはまともに勝負せず、高さを生かしてブロックを狙った方がいいことは、ここまでの勝負で分かっている。
しかし、一瞬だけ空いた宮澤との間を見て、仲川はシュートに移行する。

(なっ……!)

仲川のいる位置はスリーポイントラインの外。

「はるかももう大人だよ? あんたと同じ3年生」

シュートが決まる。
両手を挙げて喜ぶその姿は、やはり子供のようで、3年生には見えない。
しかし、宮澤は確かに見ていた、彼女が3年生としての姿を現した時を。
ここまで何度ブロックを受けても執拗にドライブを狙ってきていた。
何も考えずに自信のあるスピードだけで勝負してきているのだと思っていた。
しかし、違った。

(この一本……確実に決めるためにここまで全くスリーを打たなかったのか……なんて奴)

どこまでが素で、どこからがフェイクだったのか。
それを考えると、頬をつたう汗には、冷や汗が混じる。
(そうだよな……相手は全国を知ってるんだ。リードで安心していいわけない)
残り時間は3分を切り、ついに試合は終わりが見え始める。
都立十桜高校、2点リード。

続く

あと3分。
お話的にはあと何話になるのか、お楽しみです。

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「スラムダンクはできないけれど」第22話

第22話「無茶振りバスケットボール」

「逆転……ホントにした」

渡廊のタイムアウトで、コートに選手はいない。
会場は、逆転した瞬間の大歓声とは打って変わって静かだ。
時間もまだまだある。
点差もたったの1点。
それでも、都立高校が東京の絶対王者からリードを奪う。
ある程度の高校バスケの事情を知っている者なら、少なくともこの試合を見ている者ならば、衝撃を受けない者はいない。

ビー、と無機質な音が鳴り、選手がコートに戻ってくる。
審判から平嶋にボールが手渡され試合が再開される。
1度渡辺にボールを預け、平嶋がボールをゆっくりと運ぶ。
思い出したかのように渡廊の大きな応援がスタートする。

「まだ秋元を出さない!?」
「凄い度胸だな、十桜の監督は」

やっとのことで1点のリードを奪っても尚、小森のマークにつくは宮澤だった。
小森と身体をぶつけ合いながら、宮澤はタイムアウト中の安西の言葉を思い出す。


タイムアウトになりベンチに戻った宮澤は、秋元の交代に関して全く触れずに当然のように作戦盤を使いディフェンスの確認を始める安西に思わず本音を零した。
「いやあ、流石にもう小森の相手がきついかなーなんて」
「またまた冗談を、宮澤さん。はい、作戦盤見てください」
(この人マジだよ……普通に考えてここだろお。才加が颯爽と登場するのは)
チラリと秋元へ目を移す。
当の本人はいたって真面目に作戦板を見つめている。
交代する前の興奮が嘘のようだ。

「宮澤さん」

タイムアウト終了の直前、タオルをパイプ椅子に置いてコートへ出ようとする宮澤を安西は呼び止めた。
さっきの自分の発言を怒られるのではないかと考えたが、そうではなかった。

「5点です。5点リードしてからです」
それは秋元投入の目安だった。
「できれば、玲奈さんと珠理奈さんで得点してほしいですね」
その言葉に返事をする前に、審判に促され走って宮澤はコートへ戻っていった。


(監督のそういうとこ……嫌いじゃない)
1点リードするのにどれだけ苦労したかなんてことは明らかなのに、さら4点奪え。
しかも、1年生2人を使って、という条件付き。
もはやそれは無茶振りに近い。
(でもやるっきゃないな、そんなに信用されてんなら。要はディフェンス頑張れってことだろ!)
小森に勝る部分、スピードを生かしてパスコースをカットする。
腕半分の隙間を作って回り込み、すぐに背中で小森を抑え込む。
ボールが回ればまた距離を取って回り込み、抑える。
宮澤の運動量を前に、中々小森にパスが入らない。

(そんなんで抑えられてたまるか……ふんっ)

しかし相手は王者渡廊のセンター。
強引に宮澤の前に足を入れ、ディフェンスの体を押しのける。
面を取った小森にようやくパスが入る。
今までと変わりは無い。
ドリブルで押し込んでくる。

(もう押されねえぞ)

ノーチャージエリア手前で宮澤は小森を止める。
小森が強引に行けば、オフェンスファウル、そして3秒オーバータイムの危険がある。
そんなことは百も承知とばかり、小森は力を抜いて、体を回転させる。

(またスピンムーブか! こういう一芸があるところが並みセンターと違うな……止めらんねえ)
シュートに向かう小森は一瞬ためらった。
視界に松井珠理奈が入ってきていたからだ。
ついさっき、シュートを上から抑え込まれたのはよく覚えている。
全く同じプレーではまたブロックを喰らう。
ここで小森の考えはシュートからパスへと移行した。
珠理奈のマークマン、菊地がフリーのはず。
向かってくる珠理奈を確認しつつ、菊地へパスを裁く。

しかし一瞬のうちに視界に手が出てくる。
横っ飛びでボールを弾いたのは珠理奈だ。
フェイクを仕掛けるのはオフェンスだけではない。
高いレベルになればなるほど、ディフェンスもフェイクを仕掛ける。
ヘルプに行く、というのはフェイクで、始めから小森のパスを狙っていた。
とはいえ、あれだけ腰が浮いた状態から横に飛ぶ。

(せーの、でやったって触れるボールじゃないだろ)

それに珠理奈は触る。
試合終盤でも衰えない運動能力。
それはもう才能に近い。

珠理奈が弾いたボールを玲奈がキャッチ。
ボールを指原に預け、玲奈は右サイドを前へ走る。
ゴール下まで走り込み、指原がフロントコートにたどり着きパスを見ると同時に上がってくる。
ドンピシャで45度、スリーポイントライン手前、玲奈にパスが入る。

「スリーなんてやらせないよ?」

目の前には渡辺。
玲奈がぎりぎりスリーポイントを打てない間合いをきっちり守ってくる。
この試合、チームの得点源である両者は、お互いがお互いを守り合っていた。
渡辺は玲奈を研究し尽くして仕事をさせない、対する玲奈も渡辺対策をみっちり高柳から聞きこんでいる。

(それでもここは勝負しなくちゃ……)
直感が働いていた。
試合の流れ、チームの雰囲気、監督の言葉。
このチームで得点を取るのは自分である、という自覚があった。
その自分が試合で点を取れなくていいわけがない。

そしてなにより、このまま相手に抑えられたまま試合を終えるなど我慢ならない。

小さくシュートフェイク。
わずかだが渡辺の腕が動く。
そこから左フェイク。
こちらもわずかだが渡辺の足が動く。
(からの右!)
ほとんど渡辺は動いていないが、ドライブを仕掛ける。
おそらく読まれていた。
渡辺が体半分についてくる。
それでも関係ない。
ゴールへ向かって突っ込む。

バタンッと渡辺が倒れる。
シュートは決まった。
しかしピィッと鋭く審判の笛が鳴る。

「ファウル!」
(どっちだ……?)

一瞬の間を置いて、審判が腰に手を当てる。

「ディフェンス! ブロッキング! バスケットカウント、ワンスロー!」

「おっしゃあ! ナイス玲奈!」
北原がハイタッチを振りかぶったのを見て、慌てて玲奈も手を出す。
上手くタイミングが合わず、振りかぶった割に音の小さいハイタッチになった。
「ちぇ……」
渡辺が唇を噛みながら手を挙げる。
「こういうプレー……覚えたてなんで」
振り向いた玲奈が小さく舌を出す。

「おいおい、あそこエキサイトしてんなあ」
フリースローのリバウンドの準備をしながら、菊地が呟く。
それが聞こえていた珠理奈が答える。
「こっちもそろそろもう1回ギア入れなおしましょうか」

菊地が答える前に玲奈のシュートが放たれた。
シュートはリング手前に当たり、外れた。
菊地は教科書通りのスクリーンアウトで珠理奈の前に立つ。
それを必死で珠理奈がかわしてくるのが分かる。
右……左……と見せかけて右。
背中とわずかに振れている腕の感覚で、反応する。
ボールが目の前に落ちてくる。
珠理奈はきっちりと抑えている。
あとはボールに飛びつくだけ。

(よし……取った)

ボールが自分の手に収まる直前だった。
横から腕が伸びてくる。
それが松井珠理奈の腕であると認識するのに時間はかからなかった。
ギリギリでボールを弾かれた。

(しまった……飛んじゃいけなかった!)

菊地がボールに飛びつく瞬間。
スクリーンアウトから逃れた珠理奈は、瞬く間に菊地の横に回り込んでいた。
最後まで押し出して、他にリバウンドを任せるべきであったのだ。

ルーズボールはコートの端に転がっていく。
ラインを割ったとしてもどちらのボールになるのか分からないが、十桜はここで流れを切りたくない。

「っとお!」

ボールがラインを踏む直前で、北原が飛び込み、ボールをコートの中へと戻す。
再び転がるボールをキャッチしたのは珠理奈だ。
振り向きざま、菊地の手が伸びてくるがもうスティールは喰らわない。
来いと言わんばかりに、目の前の菊地はグッと腰を落としている。
(ここは勝負しなくちゃな……!)

続く

試合がなかなか進まないのはご愛嬌です。

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「スラムダンクはできないけれど」第21話

第21話「その瞬間」

足を引いて宮澤が前を向く。
小森の大きな体が、視界のほとんどを覆う。
1回ドリブルを突く。
小森が1歩足を引く。
それを見て、宮澤は後ろへ飛び、シュートを放つ。
小森のチェックを逃れたボールはゴールに吸い込まれる。

「フェイドアウェイシュート! ミドルレンジから打てるのか」
「秋元とは違ったタイプのセンタープレーだな」
スピードとシュートレンジの広さを生かす宮澤。
パワーで押し込み、相手とぶつかっていく秋元とは対照的なプレーに、小森は反応できない。
「しかし大事なのはこのあとのディフェンス」

小森を止める。
止めなければ点差は縮まらない。
頭で考えるのも、口に出すのも簡単、しかし、実行は容易ではない。

「プレッシャーかけるぞ!」

小森へのパスを狙う仲川に対し、北原が間合いを詰める。
ディフェンスにおいて大切なのはポジショニング。
ボールに合わせて動くオフェンスに、守る側はさらに合わせて動かなければならない。
めまぐるしくパスを回されていては、宮澤のディフェンスはどんどん苦しくなる。
逆に少しでもパスを遅らせれば、正しいポジションから勝負できる。

「才加のディフェンスを思い出せ……こんな高いスタンスじゃだめだ」

小森にパスが入る。
先ほどまでと変わらずドリブルで押し込んでくる。
正面で構える宮澤は姿勢を低くして耐える。
もう前の2回のプレーのようにはゴールを許さない。
オフェンスファウルを取られることを考えれば、小森も流石にこれ以上無理やりには押し込めない。

「ナイディ! 宮澤さん」

宮澤が耐えている間に、指原はヘルプに行きたかった。
小森まで寄って、スティールくらいは狙えそうだった。
しかし動けない。
それは平嶋の存在だ。
平嶋をフリーにすることがどれだけ危険か、察していた。

(確実に3点取られる……!)

止められても小森は冷静だった。
身体を反転させ、宮澤を抜く。

(しまった……こいつには小技があったんだった……!)

パワー勝負で一杯一杯の宮澤が反応することは難しかった。
ディフェンスと身体半分ずらした小森がシュートに行く。

(くっそ……厳しい!)

やられた、とゴール下で立っていることしかできない宮澤は半分諦めていた。
しかし、すぐ隣で誰かの影が動く。
同じユニフォームのその影は、目にもとまらぬ速さで急上昇する。
そして小森のボールを抑え込む。

「珠理奈!」

ヘルプで寄っていた珠理奈が小森のシュートをブロックした。
弾かれたボールに北原が飛び込んで保持。
指原にボールを渡して、攻守交代。

「守りきった! 小森を止めた!」
「どんだけ飛んでんだ……松井珠理奈」

またも指原は宮澤にパスを出す。
しかし今度は、ハイポストでもローポストでもない。
スリーポイントラインの外で宮澤はパスを受ける。

「十桜ファイブアウトの陣形!」
「確かにわざわざ小森の土俵で勝負する必要はないが」

中へのパスが無ければ当然中と外の連携は無くなる。
小森以外のディフェンスにとっては守りやすい。
抜かれたとしてもすぐにヘルプに出れる。
だったら、ミドルシュートを打たせなければ問題ない。

「完全に引いて守ってる! 宮澤さんのスピードで抜いてもヘルプが寄ってくるし……」
「いやいや、高柳。佐江を舐めすぎだぞ、それは」
「え?」

宮澤がシュートモーションに入る。
秋元を除く誰もがそれには不意を突かれる。
そこはスリーポイントラインの外だった。
宮澤のそんなプレーは誰も見たことが無かった。
ゆっくりとシュートが放たれる。

「佐江の向上心は私の比じゃない」

ボールがリングを貫く。

「よっしゃあ!」

宮澤が大きなガッツポーズを作る。
そんな宮澤を見ながら、秋元が自嘲するように笑った。

「3年間かけてあそこまでシュートレンジを広げてきた。パワーだけの私とは違う」

中学時代のスピードを生かしたセンタープレー。
高校でポジションが変わると、外のシュートが必要であることに気付いた。
ミドルシュート、フェイドアウェイシュート。
それでも満足しない。
コツコツとひたすらに練習した。
そして手に入れたスリーポイントのレンジ。
完璧でないとはいえ、試合で使えるレベルまで持ってきた。

「誰よりも自主練を嫌がるくせに、やるとなったら超真剣にやるんだ、あいつは」

拳を向けてにやりと笑う宮澤に秋元もガッツポーズで答える。

「1点差! 1点差だ!」

会場が大歓声に包まれる中、渡廊のオフェンス。
ガード平嶋は菊地にボールを託す。
珠理奈対菊地。
この試合何度も見られた1対1である。

(なんてこった……隙がない)

珠理奈のディフェンスは明らかに試合開始直後、菊地をまるで止められなかったそれとは違っていた。
反応できなかったドライブに反応する。
引っかかっていたフェイクを見抜く。

(慣れとかじゃない。明らかにディフェンスの技術が上がってる!?)

攻めあぐねる菊地に平嶋がスクリーンをかける。

「スクリーン! 右!」
「そのまま!」

指原の声に珠理奈は、スイッチ無し、マークマンをそのままにすることを選択する。
平嶋の後ろをすり抜け、菊地のドライブを追う。
しかし、スクリーンをかわした、そのわずかな間合いで菊地はジャンプシュートに移行する。
シュート体制を見て、珠理奈が飛ぶ。
女子離れした運動量で菊地をチェックするが、飛んだのは珠理奈だけ。
菊地はシュートを打っていない。

(フェイクか!)

そのまま足を内側に入れて珠理奈をかわす。

「貰った!」

レイアップのように下からシュートが放たれる。
それは正確に言えば、放とうとしたのだ。
遮るものは無い。
シュートが決まるイメージが出来上がっていた。
同時に自分の右手に収まるボールに違和感を覚える。

(……何!?)

指原が菊地のボールに手をかけていた。
平嶋をフリーにして。
菊地の手からボールがこぼれていく。

(絶対パスしないと思ってましたよ!)

指原がボールを持つと同時に声が聞こえる。
コート前方からの声だとすぐに分かった。
その声の方へボールを投げる。

「りえちゃん!」

赤いユニフォームが1つ、フロントコートへ飛び出していた。
バックコートの9人を置き去りにして、走っていたのだ。

「北原! 速い!」

いつから走っていたのか。
指原のスティールを確信してからか、ボールが指原に収まるのを見てからなのか。
そのあまりに速い切り替えはギャンブルだったのか。
それはのちにビデオでも見なければ分からない。
しかし少なくともこの時の北原のスピードは、平嶋と仲川が走っても追いつけなかった。

「あたしのデータは少ないみたいだね……残念ながら」

その瞬間はこれまでの盛り上がりを考えれば非常にあっさりとしたものだった。
完全に1人の北原が、落ち着いてボールを放る。
渡廊選手は見ていることしかできない。
ボールは全く問題なくリングを通過し、レイアップは決まった。
スコアボードの点が動く。
第4ピリオド残り5分、この試合で初めて、都立十桜高校の得点が渡廊高校の得点を上回った。

続く

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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どうも、ウロマムです。
AKB48さんの小説を書いてます。

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